社長と共に学ぶ人間学 2011年5月27日 社長と共に学ぶ人間学 その31

人間学を共に学ぶ皆様へ

昨日、気象台が梅雨入りを発表しました。

例年よりも12日ほど早いそうです。

これも異常気象の一つ?と心配される方も居るようですが、今は敢えて人心が乱れる言動は避けたいものです。

人間はとかく風評に左右されやすいものです。

例えば、外国人は日本の福島県で原発事故が起きたということで、日本全体が危ない、と思っている人が少なくありません。もしかしたら日本人でも最初はそう思った人もいたかもしれませんね。

大切なことは、事実を客観的に観察して、過大評価することなく、また過小評価することなく、適切な評価をすることができる客観性を高めたいものです。

客観性を高める方法の一つは人の話をじっくりと聴くことです。

話をじっくりと聴くことで、話の本質が見えてきます。

今の私に一番必要な事だと思います。

さて、今回の論語は礼節についてのお話です。

読めば当たり前のことが書いてあるのですが、私自身は成る程なあと思いました。

林放(りんぽう)、礼の本(もと)を問う。
子曰く、大なるかな問いや。
礼は其の奢らん(おごらん)よりは寧ろ(むしろ)倹せよ(けんせよ)。
喪(も)は其の易か(おろそか)ならんよりは寧ろ(むしろ)い戚めよ(いためよ)。

八イツ第三

口語訳
林放(魯の人)が礼の根本を問うた。
孔子が言われた。
大事な質問だね。
冠婚などの吉礼は、物事を贅沢(ぜいたく)にして奢る(おごる)のではなく、質素にして倹約しなさい。
葬儀や服喪の凶礼は、形式が整うよりも、むしろ心から悲しむようにしなさい。

解説
孔子が魯国の林放という人に礼の根本について語ったものです。
礼(婚礼や祝い事)の本質は、華美や贅沢ではなく慎ましやかな謙譲と倹約にあります。

葬式(喪)の本質は、準備万端整えたスムーズな葬式にあるのではなく、故人を静かに忍び本心からの悲哀の念を捧げることにあるとしました。
以前の結婚式は商業ベースで、見せるための豪華絢爛な結婚式であったように思います。

けれども、最近の結婚式は新郎新婦にとって思い出深いものになるような内容重視の大変に慎ましいスタイルが好まれているようです。

ちょっと前までの日本人はブランドモノを身につけることで自尊心を満たす傾向が強かったように感じます。

以前に「ボロは着てても心は錦」という歌の一節がありましたが、冠婚葬祭に限らず、何事も見た目よりも心の在り方を重視したいものですね。

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

感謝合掌 山内 恭輔

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