社長と学ぶ人間学を学ぶ その23

人間学を共に学ぶ皆さんへ

ニュージーランドで大きな地震がありました。
多くの日本人の方、特に若い留学生の方々の安否が不明ということで、深い悲哀の念を持ってニュースを聴かれている事と思います。
日本に居る私達は直接には何も出来ませんが、一人でも多くの方が無事に救出されることを皆さんと一緒に心からお祈りしたいものです。
更に、明日は吾が身と申しますが、いつ自分に災いが降りかかってくるかも知れません。
常に今を一所懸命に生きる姿勢は忘れたくないものです。
ちなみに、「一生懸命」よりも、私は「一所懸命」という、一つの事(所)に命を懸ける、という表現の方が人間らしくて良いと感じています。
皆さんは永続型ですか?あるいは一つに集中型ですか?
さて、私達の存在は祖先からの永続が在るからこそ、今を生きています。
その当たり前の事でも、祖先に対して感謝の気持ちをキチンと持つことは大切ではないでしょうか?
そのことによって、人間社会の縦軸が強くなり、人間の命を更に大事にする風潮が生まれると思います。
今回はそのような内容の論語です。
曾子(そうし)曰く、終わりを慎み(つつしみ)遠きを追えば、民の徳厚きに帰す(きす)。

学而第一

口語訳として

曾先生がこうおっしゃった。
(上に立つ者が)親の葬儀を丁重にして真心から喪に服し、そして先祖の祭りを手厚くするれば、人々の人情風俗は自ら厚くなるものだ。

解説

曾子は孔子の弟子の中でも最も優れた一人です。
その曾子が孔子の言葉として語っています。
孔子の時代は今から2500年前ですが、その頃から親を敬い大事にすること、そして先祖を大切にすることを積極的に教えていました。
国を治める者が自らの親を大事にして、葬儀も丁寧に行い、そして先祖を崇拝して大切にすることで、国民の人情風俗が厚くなる、すなわち思いやりの心が深まり、国が平和に治まることに繋がると説いています。

これは国家という大きな単位だけでなく、家という小さな単位でも同じです。

子供を立派な社会人に育てるのは親の責任ですが、それは口で言うよりも、親が自分の親を大事にして、祖先を敬う姿勢を見せることで十分に子供は思いやりの深い立派な人間に育つのではないでしょうか?

来月の3月のお彼岸には是非とも家族みんなでお墓参りをしたいものですね。

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

感謝合掌 山内 恭輔

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