社長と共に人間学を学ぶ その8

人間学を共に学ぶ皆さん、こんにちは。

今回はいよいよ学而第一(がくじだいいち)の最後の文章です。

学而第一には16の文章がありますが、まずは短くて判りやすい文章を選んでいます。

もちろん、私の理解がまだ十分に及ばない文章もありますが、学而第一の残りの文章はこれから論語の勉強を深めた後にまた戻ってくるつもりですので、どうぞよろしくお願いします。

子(し)曰(のたま)わく、人の己(おのれ)を知らざるを患(うれ)えず、人を知らざるを患(うれ)うるなり。

『学而第一』の16番目より

意味は

孔子が言われた。
人が自分を知ってくれなくても心配する必要は無いが、自分が人を知らないことを心配するべきである。

語句の解説として、 「患えず」は「憂えず」と同じ表現です。

論語は孔子さんの死後に、孔子さんやその弟子達の言動や問答を集めて、孔子さんの孫弟子達が約500の文章を20編に編集して約2500年前に出来ています。

その内容が現代においても十分に通じるということは、人間の本質は昔から同じであるとも言えます。

さて、その20編の中で一番始めの編が「学而第一」なのですが、今回の文章は学而第一の最後の文章です。

実は、以前に皆さんへ送付しました「人間学を学ぶその2」の中で既に解説をしています学而第一の一番始めの文章の中に

「人知らずして恨みず、また君子ならずや」とあり、

「人が自分を知らなくてもそれを気にしない人が立派な人だ」

という意味と、今回の文章は同じです。

人は自分のことを知って欲しいと思うのが人の情というものですが、孔子さんは「自分の能力を高めることで自然と周りが自分の事を知ってくれるから心配せずに勉強に励みなさい」と言っているのです。

更に、人の上に立つリーダーとしての資質には人を良く理解していることが必要である、という意味を孔子さんは言われています。

私達は自分の事を理解しようとしてくれる人に好意を持つのが人の情でもあります。

私達の日常生活においても、自分の事を知って欲しい、あるいは自分を正当化するために自己主張を強くするよりも、他人を知るための努力をする生き方の方が人間関係が自然と上手くいき、結果として自分の人生を幸せに出来るのではないでしょうか。

大変に自己主張の強い私も大いに自分を省みる機会を与えてくれた深い内容の文章です。

今回も一緒に良い勉強をさせていただきありがとうございます。

感謝合掌 山内 恭輔