社長短信 2022年9月 第301号
人間関係が一番の修行
この言葉は、私が深く尊敬している大峯千日回峰行を満行された塩沼亮潤大阿闍梨の言葉です。
大峯の千日回峰行は1300年の歴史の中で満行された方は二名だけという、命を懸けて行う大変に厳しい修行だそうです。
しかし、その厳しい修行の最中にお師匠さんから「千日回峰行の修行よりも、世間における人間関係の方がもっと厳しい修行である」と塩沼さんは教えられたそうです。
私は千日回峰行の厳しさを体験していませんので人間関係の厳しさと比べる事は出来ませんが、自分の周りの人間関係を全て良好なものにするのは非常に難しい事だと六十年余りの人生体験を通して実感していますが、皆さんは如何でしょうか?
ナゼ人間関係は修行なのか、ナゼ良好な人間関係を創るのは難しいのか、それは人間はお互いに不完全な存在だからです。
不完全な人間ですから、ウソもつきますし、間違いもしますし、失敗もしますし、忘れてしまうこともありますし、嫉妬もしますし、理屈抜きで好き嫌いで意志決定をします。
きっと皆さんも人間関係において、悲しい思いをしたり、悔しい思いをしたり、苦しんだり、時には相手を憎んだりされた事があると思います。
そのような不完全な人間と良好な人間関係を創るためには、先ずは人間はお互いに不完全な存在であるという深い理解と自覚を持つ事が必要です。
そして、人間に完全性を求めない生き方が必要です。もし、完全性を求めるとウソをついた相手を許すことは出来なくなります。けれども、ウソをつかれた自分も同じ人間ですからウソをつくことは多々あります。人間に完全性を求めると自己矛盾におちいり、何事も上手くいかなくなります。
人間はお互いに不完全な存在なのだと自覚し、そして認め合う事で、考え方の違う人間を包容することが出来るようになり、良好な人間関係に一歩近づく事が出来ます。けれども、不完全なままで居ると人間は動物と同じになりますから不完全を自覚しながらも完全を目指す生き方も必要です。
人間は不完全ですから長所も短所も持っています。
短所を自覚することでごう慢にならずに謙虚になれますし、短所を無くする努力よりも、長所を伸ばす事で人間味が溢れる存在となり、より心豊かな生き方に一歩近づけると思います。
感謝合掌 山内 恭輔