社長短信 2012年6月 第178号

社長短信 2012年6月 第178号
 創業の精神”選んでご利用頂くために”
 今月26日は我が社の61回目の創業日です。
私が生まれる4年前の昭和26年に父が創業をしました。
創業の地は牛田ですが、私が生まれて直ぐに銀山町の仏壇通り(今はパオ館)の所に本社車庫を建てて、当時、最も賑やかな繁華街の中心地で営業を開始しました。
まだその頃は無線機が無かったので車庫待ち営業を主体としてしましたが、本社車庫に隣接して私達の住居があり、タクシーをご利用される多くのお客様や社員さんが出入りして朝まで賑やかだったことを覚えています。
創業して10年経った昭和36年にタクシー用無線機が開発され、何でも新しいものが好きで先進性への挑戦心が高い創業者である父は日本でも最も早く無線機を取り付けました。
この話は、元松下電器の通信事業の責任者であった、木野親之パナソニック相談役が、今でも広島のツバメタクシーさんには無線機の導入をいち早くされて大変にお世話になりました、と言って下さいます。
このタクシー用無線機を導入してから営業効率が格段に飛躍したことは、現在の皆さんには容易に想像出来ると思います。
車庫待ち営業の時は受け身の営業スタイルでしたが、無線機を導入してからは攻めの営業へと転じました。
その時のスローガンが「選んでご利用頂くために」でした。
先ずは、接客用語をきちんと決めて、その内容を大きな看板に書いて車庫に掲示してあった事を良く覚えています。
車庫待ち営業の時は「乗せてやる」という武家商法の傾向が強かったようですが、無線機を導入してからは、わざわざに電話を掛けてタクシーをご利用して頂くためには、180度の意識転換と選ばれるための努力が始まりました。
車両も高級感を出すために当時はハイヤーしか黒塗りの車はいなかったのですが、広島で初めて黒塗りのタクシーを導入しました。
当時のタクシーは目立たないと流し営業は出来ない、という固定観念が強くて、同業者からは「ツバメは流し営業が出来んようになるのに、黒塗りにしてアホじゃ」とよく笑われました。
また、当時のタクシー乗務員さんの制服は上着はジャンパーで靴はサンダルが当たり前でしたが、つばめではキチンとネクタイをして上下のスーツ制服に変更して、靴も黒塗りの革靴以外は禁止としました。
これも当初は同業者から”サラリーマンがタクシーに乗っとる”と笑われたものですが、今では黒色タクシーが接客の良い証であり、そして制服も上下スーツが広島では標準となりました。
しかし、選ばれるために最も大きなインパクトを与える出来事は迎車時に降りてドアーを開けるサービスの開始でした。
今でこそ、広島の地では迎車時のドアーサービスは当たり前ですが、30年くらい前の当時は同業者からは笑われるよりか奇異な目で見られたものでした。
この話は在職40年になる森川部長や高下部長が良く言われる内容です。
余談ですが、10年位前に静岡のタクシー会社から企業訪問を受けましたが、その社長や管理職の皆さんが、私達が迎車時に降りてドアーサービスをしている光景をみて、乗務員が車から降りてドアーを開けるなんて信じられない、と私達の方が反対に信じられないような言葉を頂きました。
私達の常識は、所が変われば非常識だったのです。
けれども、選ばれる努力をすることは、売上げ向上だけでなく、選ばれる事によって誇りも高まります、というお話しをしましたら,今ではその会社も迎車時のドアーサービスを実施してお客様から高い評価を得ているそうです。
振り返ってみると私達つばめ交通の歴史は選ばれるための新しいサービスの先駆者であり、業界の非常識と言われる事を常識にする挑戦であり、選ばれるための愚直な努力の積み重ねでした。
今は、安全運転宣言、降車時のドアーサービス、お見送り挨拶を新たに挑戦していますが、すべては選ばれるための努力であり、自分の仕事への誇りを高める努力です。
新しい事への挑戦は、当たり前にするまでは、苦労や困難は付きものですが、これからも創業の精神”選んでご利用頂けるため”にのっとり、皆さんと共に業界の古い常識を打破する挑戦と弛まぬ努力を積み重ねて、つばめのビジョン「地域で最も沢山のありがとうを集めて、尊敬される会社を目指す」の実現をする所存です。
”同業他社と同じでは明日は無い”
どうぞよろしくお願いいたします。
感謝合掌 山内 恭輔