社長と共に学ぶ人間学の記事一覧

社長と共に人間学を学ぶ その21

人間学を共に学ぶ皆さんへ

立春を過ぎると日中の気温が上がって春の訪れが近いことを感じさせてくれる季節となりました。
しかしながら、まだ朝晩はよく冷え込みますが、皆さんお元気でお過ごしでしょうか?
さて、私は毎月京都にて論語の勉強会に参加をさせていただいていますが、その勉強会に真言宗の頂点に立つ「大阿砂利」となられた池口恵観様の講話を聞かせていただきました。
心を磨く、というお話を中心にして多くのご示唆をいただきましたが、「身口意(しんくい)」という言葉を初めて聞いて、大変に参考になりました。

身→肉体的活動
口→言葉の活動
意→精神的活動

この三つの方法を駆使して、世のため人のために役に立つ生き方を目指すことが、この世に人間として生まれた者の使命です。と池口大阿砂利様が言われた言葉がつばめの経営理念にピタリと当てはまり、大変に感動しました。
私達の仕事も、体を使い、言葉を使い、心を込めて接客することでお客様の役に立ちます。
仕事のそのものが心を磨く事になり、だから、昔からの諺に「勤労は美徳なり」というのですね。
当たり前のようなことでも、大変な苦行を積み重ねて大阿砂利となられた人の言葉には大変な説得力がありました。
さて、今回の人間学は若者の生き方を示した内容ですが、知識を身につける前の心を磨く、というのは前記と同様に、若者に限らず老若男女すべてにおいて学ぶべき人生の送り方だと思います。

子曰く、弟子(ていし)入りては則ち(すなわち)孝、出でては則ち悌(てい)、謹みて(つつしみて)信あり、汎く(ひろく)衆を愛して、仁に親しみ、行いて余力あれば、則ち以って文を学ぶ。

学而第一

口語訳

孔子がこうおっしゃった。
『若者の修養の道は、家に在っては、親に孝行を尽くし、世の中に出れば地域社会の年長者に従順に仕えることが第一である。
次いで、言動を慎んで誠実さを守り、誰でも広く愛して人徳のある人格者とは親しくしなさい。
これらの事を実行して余力があれば、そこで初めて書物を学ぶとよい。』

解説として

この章では、孔子さんは物事の優先順位を述べています。
昔は仕官になれば一生安泰に暮らせましたので、仕官になるための勉強を必死でしていました。
現代においても東大卒の人間が決して人格者とは言えないように、知識偏重で頭でっかちの人がリーダーになっても上手くいきません。
今の日本の政治がその通りになっていると危惧します。
親孝行、年長者を敬う、誠実に生きる、幅広く人と付き合う、優れた人格者と交わる、これらの立派な生き方をちゃんと実行して、しっかりと心を磨いてから学問を学ぶことが大切です。
やはり、いつの世も心を磨く、人間力を高める事が重要であるという事ですね。
今、皆さんと共に学んでいます人間学も知識として学ぶのではなく、学んだことを実践して智恵にしなければなりません。
「実践の伴わない知識は罪悪である」

これを肝に銘じて学び続けていきましょう。

最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

感謝合掌 山内 恭輔

 

社長と共に人間学を学ぶ その20

人間学を共に学ぶ皆さんへ

皆さんは渋沢栄一という人物をご存知でしょうか?

幕末から明治維新に掛けて銀行や製紙会社、鉄道会社などの国の基盤作りに活躍した人です。

その渋沢栄一翁の有名な著書に「論語とソロバン」があります。

論語とは、道徳のことです。

ソロバンとは、経済のことであり、政治のことでもあります
道徳無き経済、あるいは道徳無き経営は罪悪である、と渋沢栄一翁は言い切られます。
最近の政治は、小沢氏の金権問題や鳩山氏の政治資金問題など、明らかに道徳観の欠如です。

今の政治に道徳観が欠如していても、私達国民までもが道徳観を欠いてはなりません。

違法駐停車による営業行為をしない、メーター料金以外のお金を収受しない、車内でタバコは吸わないなど、これら当たり前のルールやマナーを守る人達の輪が広がることにより、日本という国を救う一歩になるのだと思います。

まずは私達が模範を示そうではありませんか。

さて、中国でも2500年前から道徳による政治の大切さを説いています。

子曰わく(し、のたまわく)、政(まつりごと)をなすに徳(とく)を以って(もって)すれば、たとえば北辰(ほくしん→北極星)その所(ところ)におりて、衆星(しゅうせい→民衆)これに共る(めぐる)が如し(ごとし)。

為政第二

口語訳は

先生(孔子)がこうおっしゃった。
『政治を行うのに道徳(人徳)をもってすれば、まるで北極星が天の頂点にあって、周囲の星々が北極星の周りをめぐるように上手く民衆を治められるだろう。』

解説として

道徳の大切さは、政治の世界だけでなく、会社内でも家庭でも同じです。
決して口先(マニュフェスト)や補助金のバラマキだけでは国民の心はつかめませんし、政治は上手くいきません。
私達が社会人として道徳、すなわちルールとマナーをキチンと守ることによって、その姿勢に共感されるお客様が集まってこられますし、新しい社員さんもつばめへの入社を希望される方が増えます

それが私達の誇りとなります。

家庭においても、両親がキチンとルールとマナーを守る姿を子供や孫達に見せることによって健全な子供育成を図りたいものです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

山内恭輔

社長と共に人間学を学ぶ その19

人間学を共に学ぶ皆さんへ

今週の「社長の週間一言」に「3つの幸せ」と題して書かせて頂きました。

1)して貰う幸せ
2)出来る幸せ
3)させて貰う幸せ

これら3つのうち、3番目の「させてもらう幸せ」が最高の幸せであり、「これが判って一人前」という文章を見たときに、マザー・テレサの祈りの言葉を思い出しました。

「主よ、あなたの平安をもたらす道具として私をお使いください」
更に、
「人生はご恩返し」

とも言われています。

人間は一人で生まれることも出来ませんし、ましてや一人で育つことも出来ません。
この世に人間として生まれ、人間として生きていることに感謝の気持ちを心から持つことが出来て、そして、人の役に立つ生き方を目指す事によって、更に一人前に一歩近づくのだと思います。

さて、今週は君子(くんし)と小人(しょうじん)の違いを述べた文章です。

論語ではこのように比較した文章がたくさんに出てきます。

子曰わく、君子は周(しゅう)して比(ひ)せず、小人(しょうじん)は比(ひ)して周(しゅう)せず。

為政第二より

口語訳は

君子は、誰とでも公平に親しみ、ある特定の人とかたよって交わらない。
小人(しょうじん)は、かたよって交わり、誰とでも親しく公平には交わらない。

解説として

「周(しゅう)」という漢字には、「誠実で親密である」という意味があります。
すなわち、誰とでも公平に親しく付き合うという意味です。
「比(ひ)」という漢字には、「おもねる」すなわち、
機嫌をとって相手の気に入るようにする。
馴れ合い。
媚びへつらう。
という意味があります。

「君子」は人格が立派で徳が高くて品位のそなわった人(有徳の人)を指します。

私達の理想像と考えて下さい。

「小人(しょうじん)」という意味は、徳が少なく、私心の強い人を指します。
決して、小人をコビトと読まないで下さい(笑)
有徳の君子は、利害関係に基づいた「馴れ合い」の交友関係を持たず、親愛の情によって誰とでも誠実に付き合います。
徳が少なく私心の強い小人は、お互いの利益を図るための交遊を求め、おもねりや媚びへつらいに満ちている、ということです。
私を含めて、世の中の多くの人は、まだ「小人」のレベルだと思います。
人間学を学ぶ目的は、小人の領域から一歩でも君子のレベルに近づく努力をするためです。
なかなか小人のレベルから上がれませんが、それでも諦めることなく、努力を日々積み重ねることで人格は必ず向上します。
つばめ交通の人事理念「人の可能性を信じて、サジを投げない」
正に自らの可能性を信じて、たゆまぬ努力を積み重ねていきたいものです。
神様の存在を信じるか、信じないかは別として、努力をする者は必ず報われる、と信じることによって、人間らしい生き方が出来ると思いますが、皆さん、如何でしょうか?

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

感謝合掌 山内 恭輔

社長と共に人間学を学ぶ その18

人間学を共に学ぶ皆さんへ

早いもので一月も10日余りが過ぎました。
一月イク、二月ニゲル、三月サル
と言いますが、時間はいつまでも無限にあるものではありません。
時間の有限性を自覚すると共に、人生二度無しと考えて、時間を大切にして過ごしたいものです。
そのためにはまず、今日一日をどのように過ごすかを考えては如何でしょうか?
私は起床して直ぐに今日一日のスケジュール帳を見ながら今日するべき事を確認すると共に更に今日したいことを考えます。
今日、出来ることは明日へ持ち越す事がないようにしたいものです。
さて、今回の論語は行動の大切さを説いたものです。

子貢(しこう)、君子を問う。
子曰わく、先ず行う、その言葉はしかる後に之に従う。

為政第二より

意味は

子貢が君子の在り方について尋ねた。
孔子が答えられた。
「先ず実行して、言葉はその後だ」

解説として

子貢(しこう)という人物は孔子よりも31歳若く、孔子の弟子の中で、10傑と言われる一人です。
子貢は特に弁舌に優れて、弟子の中で最も議論に強かったと言われます。
その子貢に欠けている部分を、師である孔子がそれとなく優しく指摘した文章です。

人の上に立つ君子とはどういう人物なのか、と問う子貢に対して、孔子は初めから知識による主張を行うのではなく、まず自分がその主張に見合った行動をしてから、その後で思想や理論の主張をしなさいと説きました。
つまり、言葉だけで有能さを示す「弁舌の徒」では社会からの信用や支持が得られ難いので、自分自身が民衆に期待することを率先垂範して行い「有言実行」をすることが必要だということです。
この人間学も学ぶことは大切ですが、学んだ事を一つでも実践しなければ身につきません。
これからも学びつつ実生活の中で実践していきたいものです。

最後まで読んで下さり、ありがとうございます。

感謝合掌 山内 恭輔

社長と共に人間学を学ぶ その17

人間学を共に学ぶ皆さんへ

新年明けましておめでとうございます。

新年早々から初雪が舞い、寒い年明けとなりましたが、皆さんにおかれましてはお元気で新たなる年を迎えられたこととお慶びを申し上げます。

今年初めの社長の週間一言にて、正月とは
「正しい事を考えて、正しく計画、実行して、正しい成果を作り出す月です」
と書きました。

そして年頭の社長挨拶文に重要行動指針として「日々 新たに」と書き初めをしました。

有名なダーウィンの進化論に
「強いもの、賢いものが生き残ったのではない、環境変化に対応できたもののみが生き残れた」
という言葉があります。

仏教の根本思想にも「諸行無常」という言葉があり、
「万物は常に変化をして、少しの間も止まらない」
と諭しています。

商売においても、「今日の満足は、明日は当たり前」と言いますように、お客様のニーズや満足レベルは常に進化していますので、それを正しく見極めて対応していかねばなりません。
そのためには、社員の皆さんが日々新たなる精神を持って仕事に就いていただきたいと思い、冒頭の言葉「日々 新たに」を年頭の重要行動指針に掲げました。
ちなみに「日々新たに、また日々新たなり」という言葉は中国の4大古典の一つ「大学」(人の上に立つ者が学ぶ学問)にある言葉です。
これは「たゆまぬ努力が大切」という教えに基づいています。
しかし、これは仕事面だけでなく、日々の人間関係においても同じ事です。
誰もが、自分と良い人間関係を作るために努力してくれる人間に対して好感を持つものです。
お互いが良い人間関係を日々積み重ねていく努力をすることによって、更に深い良い人間関係が構築できるのではないでしょうか。
私達も今年一年、現状で満足することなく、何事にも日々新たなる精神でたゆまぬ努力をしていきましょう。
さて、前置きが長くなりましたが論語の解説に入ります。

子曰わく、君子は器(うつわ)ならず。

為政第二より

意味は

立派な人物は、特定の働きを持った器のようではない。

解説として

「君子」は原語では、上に立つ者、とありますが、現代において論語は万人が学ぶべきものと考えて「立派な人」と表現をしています。

立派な人とは「一人でも多くの人を幸せに導ける人」と私は解釈をしています。

「器」とは、あの人は器が大きい、と人間の度量を示すこともありますが、ここでは器を、単一の機能(役割・用途)に限定された専門化という意味です。

すなわち、立派な人物とは、特定の能力を持った専門家ではなく、幅広い視点(教養)と自由な発想を持って社会や情勢を見極められる人物を目指さなければならない、といことです。

つばめにおいても、仕事力だけでなく、人間力の向上が重要であると考えます。
仕事力ではお客様満足は作り出せますが、お客様感動は人間力が作り出すものです。
また、仕事力だけでは幸せな人生は作れません。
やはり人間力を高めて、周りの人間関係を良好に出来てこそ、真の幸せな人生とすることができるのではないでしょうか。

今年も皆さんと共に更に幸せな人生を作り出すためにも、人間力の向上を目指して、人間学を学んで参りましょう。
私もつばめの社長として、更に人間力を高めるために弛まぬ努力をして参ります。
どうぞよろしくお願いいたします。

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

感謝合掌 山内 恭輔

社長と共に人間学を学ぶ その15

人間学を共に学ぶ皆さん、こんにちは。

今年も残すところあと10日となりました。

毎週掲示している社長の週間一言に「有終の美を飾りましょう」と書きましたが、最後まで気を緩めることなく時間を

大切に生きながら年越しをして、更に善い新年を迎えたいものです。

さて、昨日、金沢にて私の親友のご尊父の偲ぶ会に参列しました。

亡くなられた方は北陸地方では有名な芝寿司という会社を創業されたのですが、20年余り前に社長を譲って、多くの商店主や経営者の指導に尽力をされました。

97歳の大往生だったそうですが、全国から千名以上の人が集まって、皆さんからたくさんの心からの感謝の言葉が溢れる、とても素晴らしい会でした。

人間は死んだあと、何を残すかが大切ですが、皆さんからの心からの感謝の言葉を聞いて、志を持って生きることの大切さを改めて感じ、文章を作成しました。

子曰わく、その以す所(なすところ)を視(み)、その由る所(よるところ)を観(み)、その安(やす)んずる所を察すれば、人焉(ひといずく)んぞ捜さんや(かくさんや)、人焉んぞ捜さんや。

為政第二より

意味は

孔子が言われた。
その人の行動を見て、その人の行動の由来(原因)を観察し、その人の行動を支える信念(思想)を推察し、そしてその人がどこに安らぎを持っているのか、そういうことを観察すれば人の値打ちは判るものだ。
従って、自分を隠し通そうと思っても、決して隠し通せるものではない。

解説として

人間の本質や人格を見極めるにはどうすれば良いのかを孔子が説いた文章であり、『相手の行動・行動の原因・行動を支える信念』を観察して推察すれば、どのような人間であっても自分の本性を隠しおおせることが出来ないというものです。

平素より正しい生き方、正しい考え方を積み重ねておかないと、イザという時に馬脚(本性)が表れるということですね。

日々、我が身を三省することを忘れないようにしたいものです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

山内恭輔

社長と共に人間学を学ぶ その14

人間学を共に学ぶみなさん、こんにちは。

さて、早速ですが論語の解説に入ります。

前回の親孝行についての続きですが、今回は親孝行の観点が違います。

子夏、孝を問う。
子曰く、色(いろ)難(かた)し。
事あれば弟子その労(ろう)に服し、酒食(しゅし)あれば、先生に饌(せん)す。
すなわちこれもって孝となさんや。

為政第二より

意味は

子夏が、孝について質問した。
孔子が答えられた
「親に向っての顔色や振る舞いは難しいものだ。
体力のいる仕事であれば年配者にさせないで若い者が引き受けてやる。
ご馳走があればまず親(先輩)に召し上がっていただく。
もちろんこれで、結構なことではあるがそれだけで孝行といえるのだろうか。」

補足として、親と接す時に常に和らぎ、楽しそうな顔つきでいないと決して親孝行とは言えない、という意味です。
前回、親を養うだけでなく、親を敬わなければ真の親孝行とは言えない、という解説をしましたが、それと同じ内容です。
話が横道にそれますが、子供が非行に走ったり、ニートになったりしている家庭の一番多い共通点は夫婦仲が悪いことです。

特に母が父の悪口を子供の前で話している家庭は致命的だそうです。
何故なら、子供にとって親(特に父親)の存在は自分が社会人として育っていくためのお手本だからです。
特に中学生までの間は、子供は親を手本として子供から大人へと成長をしていくのですが、その手本となる親がお互いに悪口を言っていたり、社会人としての一番身近な父親を母親から否定されると子供は精神的混乱をして、社会適応能力が未発達になるのだそうです。
非行やニートは社会適応能力の欠如から来るものですが、正に親が子供を非行やニートに導いていることを知って欲しいと思います。

実は孔子の時代である2500年前も同様であったようです。
だからこそ、親を敬うことの大切さを一所懸命に説いているのです。
では、私達はどうするべきか!!
大切なパートナーである女房、あるいは旦那様から、そして子供からも尊敬される人間作りを目指すべきではないでしょうか?
そのために人間学を学んでいるのだと私は思っています。

伊與田先生曰わく、人間の成長には終わりがありません。
孔子さんも死ぬまで人間的成長の努力をされました。

これからも共に学んでいきましょう。

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

感謝合掌 山内 恭輔

社長と共に人間学を学ぶ その13

人間学を共に学ぶ皆さん、こんばんは。

急に冷え込みが厳しくなってきましたね。
目も心も楽しませてくれた紅葉の季節も終わり、いよいよ冬到来です。
日本ほど四季のはっきりとした国は世界中どこを探しても無い。と言われますが、四季がハッキリとしている国に住む民族だからこそ、豊かな感性が育まれた民族なのだという説に私は大変に納得しています。

ちなみに、秋という季節には欠かせない虫の音色も欧米人には単なる雑音でしかないそうです。
虫の音色を楽しむ、という自然を愛する豊かな感性は日本人だけが持つものだそうです。
最近は欧米人の間で、日本人の特有のワビサビ文化への憧れが深まっていると言います。
これは人間性回復の兆しであると思いますが、感性豊かな民族であることを我々はもっと誇りに思っても良いと思いますが、如何でしょうか?

さて、その心豊かな感性の象徴の一つに親孝行があります。

短い論語ですが、伊與田先生は大変に深い意味のある言葉だと解説をされています。

孟武伯(もうぶはく)、孝を問う。
子(し)曰(のたまわ)く、父母は唯(ただ)その疾(やまい)をこれ憂(うれ)う。

為政第二より

意味は、

孟武伯が孝(親孝行)のことをたずねた。
孔子が答えられた。「父母には、ただ子供の病気を心配するものであります。」
※「孟武伯(もうぶはく)」という人物は、当時の権力者の息子ですので、ワンパク育ちの人間だといわれています。

解説として

親は子供が幾つになっても子供の事をあれこれと心配するものです。
特に男子の場合には、一歩外へ出たら7人の敵が居る、と言われるくらいに沢山の危険な事があります。
逆に他人を傷つけたりする場合もあります。
病気はやむを得ない場合もありますが、その他のことでは親に心配をかけないようにすることが親孝行です、と孔子さんは諭しています。
親孝行とは、親に何を与えるか、よりも親に心配をさせないことが大切である、と言うことを述べています。

更に

子游(しゆう)、孝を問う。
子曰わく、今の孝はこれ能(よ)く養うという。
犬馬(けんば)に至るまで皆能く養うあり。
敬(けい)せずんば何を以(もっ)て別(わか)たんや。

為政第二より

意味は

子游(しゆう)が孝について孔子に尋ねた。
孔子が答えられた。
今では、親に衣食の不自由をさせないのを親孝行というが、犬や馬に至るまでみんなよく養っているではないか。
敬(うやま)わなければ、何によって犬や馬と区別しようか。

解説として、

これは親にたいする尊敬の念を持つことの大切さを説いています。
尊敬の念は親に対する感謝の気持ちが根底にあるからこそ出てくるものです。
これは人間だけが出来る親への感謝の行為です。
親にモノの不自由をさせないことよりももっと大切なモノがある。
これは2500年前も今も同じですね。
誕生日は祝って貰うよりも、親に感謝をするべき日である、と言う言葉は二宮尊徳翁の言葉です。
いつまでも親に対する感謝の気持ちを忘れないようにしたいものです。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

感謝合掌 山内 恭輔

人間学を共に学ぶ その12

人間学を共に学ぶ皆さんこんばんは。

今回は五百以上ある論語の中でも最も有名な孔子さんの言葉です。

子曰わく、吾(われ)十有(ゆう)五にして学に志し、三十にして立ち、四十にして惑わず、五十にして天命を知り、六十にして耳順(みみしたがい)い、七十にして心の欲する所に従えども、矩(のり)をこえず。

意味は、

私は十五の年に聖賢の学(立派な人物になる学問)に志し、三十になって一つの信念を持って世に立った。
しかし、世の中は私の意のままには動かず、迷いに迷ったが、四十になって物の道理がわかるにつれ迷わなくなった。
五十になって、自分が天の働きによって生まれ、また何ものにもかえられない尊い使命を授けられていることを悟った。
六十になって、人の言葉や天の声が素直に聞けるようになった。
そうして七十を過ぎる頃から自分の思いのままに行動しても、決して道理を踏み外すことがなくなった。

これは孔子さんが七十二歳に亡くなる前に、自分の人生を振り返ってみた歩みの道を述べた言葉です。
孔子さんは生涯を通じて自己完成に努め、息を引き取る時に完熟の境地に達した人です。
人間は不完全な存在であり、その不完全性を自覚して、より完全な人間に近づく努力をすることで、より人間らしい人間になれるのです。
反対に、自らの不完全性も自覚することなく、自己完成も求めない人は、より動物に近づいて行く、と言っても過言ではないと思います。
前回のメールにありましたように、人間の成長は学問と経験の二つが必要です。
「論語読みの論語知らず」とならないように、学んでことを一つでも実践していきたいものですね。…これは私自身への戒めです。

この論語は歳を表す時によく引用されますので、参考に書きます。

志学(しがく)十五
而立(じりつ)三十
不惑(ふわく)四十
知命(ちめい)五十
耳順(じじゅん)六十
従心(じゅうしん)七十

今回も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

山内恭輔

人間学を共に学ぶ その11

人間学を共に学ぶ皆さん、こんにちは。

昨日は勤労感謝の日でしたが、もともとは皇室の行事で、新嘗(にいなめ)祭でした。
日本人の主食である稲の収穫を祝う祭りが本来の起源ですが、今では働く皆さんに感謝する日に変わって来ました。
この『働く』という言葉は、傍(はた)を楽にする、という意味であり、勤労を美徳として考えていましたが、最近では、働く目的が生きるため、生活のためという人が多くなり、それ以上の目的が不明確な人が多くなりました。
生活のためだけに働くのであれば、人生は汗を流すだけの味気ないものになります。
やはり、働くことによって人の役に立ち、喜んでもらえることで、お金も頂けるし、心も満たされことが働く目的ではないでしょうか。
私はそのような考え方に共感して、つばめの経営理念に『人に優しく、人と社会のお役に立つ』と掲げました。
勤労感謝の日だけでなく、日々、人に喜んでもらえるように仕事のレベルアップを図りたいものです。
その為にも、自分の行っている仕事を客観的に見ることが出来るアンケートは重要です。
このメールを読んでくださっている皆さんから、周りの仲間へアンケートの意味付けと納得をしてもらい、アンケート回収率の向上へのご協力をよろしくお願いします。

前置きが大変に長くなりました。

子(し)曰(いわ)く、学びて思わざれば、すなわち暗(くら)し。
思うて学ばざれば、すなわち危(あや)うし。

意味は、

いくら読書をしても、読み放しでその内容を熟考したり、検証して理解するようにしなければ何も身につかない。
また、自分一人で空想にふけり、学ぼうとしなければ、独善的になり危険である。

ここでは、学ぶことを「読書を通して行うもの」と説明をしてありますが、伊輿田先生は、学ぶとは、読書も大事だか、出会うこと全てから学ぶ気持ちで生きていく姿勢が大切です、と私達に教えてくださいました。

そして次に大切なことは、学びを実行することですが、実行するだけでなく、成果が出るまで継続しなければ、結局は何も身につかないと言われました。

実は、今月号の月刊致知の特集は『発心、決心、持続心』です。
ちなみに、月刊致知は人間学を学ぶ月刊誌であり、多くの経済人、知識人、学者、主婦、学生と幅広い読者層を持っています。つばめのリーダーの皆さん全員に配っていますが、ご希望の方にはご紹介します。年間購読は一万円です。

巻頭対談は野村元監督と、遺伝子研究の世界的権威である村上和雄先生ですが、野村元監督は、貧乏のどん底生活をしていた10代の頃に母親と兄弟を養うのは自分だと発奮して、そのためにプロ野球の選手になると決心して、名も知れない高校からテスト生として南海ホークスに入団をされました。
当時は正規の捕手が二人も居て、なかなか一軍に上がれませんでしたが、それでも諦めずに上の人に認めてもらえように、24時間、一軍に上がることだけを考えて、真面目に一生懸命に練習を積み重ねていたら、三年目にチャンスがやって来て、翌年はホームラン王になったそうです。
野村元監督は自分には能力が無いから努力するしかなかった、と言われ、更に村上先生は努力を長い時間継続することによって潜在能力のスイッチがオンになる、と言われました。
経営の神様と言わた松下幸之助翁は、成功の秘訣は、成功するまでやり続けること、と言わました。
何事も成果が出るまで諦めずに継続することが大切ですね。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

山内恭輔

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